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百人一首81〜100番の覚え方―撰者自身の歌や承久の乱の背景

百人一首 覚え方 暗記 学習法
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百人一首81番から100番までの最後の20首は、一字決まりの歌が1首含まれるほか、撰者・藤原定家自身の歌、そして承久の乱で配流された2人の天皇の歌で締めくくられる、百人一首という作品全体の成り立ちを感じられる区間です。この記事ではこの20首の中から代表的な歌を取り上げます。

一字決まりの81番

81番、後徳大寺左大臣の「ほととぎす鳴きつる方をながむればただ有明の月ぞ残れる」は、上の句の最初の1文字「ほ」だけで下の句が確定する一字決まりの歌です。ほととぎすが鳴いた方角を眺めても姿はなく、ただ有明の月だけが残っていた、という余韻の残る歌で、「ほ」の1文字を聞いた瞬間に取れる歌として覚えておきましょう。

情熱的な恋の歌、89番

89番、式子内親王の「玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする」は、私の命よ、絶えるなら絶えてしまえ、このまま生き長らえれば秘めた恋心を隠しきれなくなってしまうから、という激しい情念を詠んだ歌です。皇族女性でありながらこれほど直接的に恋の苦しさを詠んだ点で、百人一首の中でも印象的な1首とされています。

撰者自身の歌、97番

97番は、小倉百人一首の撰者である権中納言定家(藤原定家)自身の歌「来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ」です。小倉百人一首は、定家が宇都宮頼綱の依頼を受け、嵯峨野の小倉山荘の障子に貼る色紙のために、天智天皇から順徳院までの100人の歌人の歌を1首ずつ選んだものとされています。自分自身の歌も選から漏らさなかった点は、覚えておくと百人一首という作品そのものへの理解が深まるポイントです。

承久の乱と最後の2首、99番・100番

百人一首は、99番・後鳥羽院の「人もをし人も恨めしあぢきなく世を思ふゆゑに物思ふ身は」と、100番・順徳院の「百敷や古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり」で締めくくられます。この2人の天皇は親子で、1221年の承久の乱に敗れた後、後鳥羽院は隠岐、順徳院は佐渡へとそれぞれ配流されました。都を追われた2人の天皇の歌で百首が終わる構成を知っておくと、最後の2首がなぜ並んでいるのかが腑に落ち、忘れにくくなります。

効率的に覚えるコツ

一字決まりは最優先で

81番のような一字決まりの歌は、決まり字を聞いた瞬間に反応できるよう繰り返し練習しましょう。

最後の2首は歴史と一緒に

99番・100番は歌の意味だけでなく、承久の乱で配流された父子の天皇という背景を知ることで、なぜこの並びで百人一首が終わるのかが理解でき、記憶にも残りやすくなります。

まとめ

百人一首81〜100番は、一字決まりの81番、情熱的な89番、撰者自身の97番、そして承久の乱で配流された99番・100番の天皇の歌まで、百人一首という作品の成り立ちそのものを感じられる20首です。歌の意味と一緒に、それぞれの背景にある物語も覚えていきましょう。

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