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暑さにまつわる季語と俳句

暑さ 夏の季語 俳句 気象
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夏の俳句には、うだるような暑さそのものを詠んだ句が数多くあります。梅雨明けとともに強まる日差し、じっとしていても汗ばむ湿気、油を流したように重くよどんだ空気。快適さからはほど遠いこれらの感覚を、俳人たちはむしろ夏らしさの証として肯定的に詠んできました。「暑し」という一語には、耐えがたい不快感と、それでも夏を生き抜く人間の営みへの共感の両方が込められています。

暑さに関する主な季語一覧

歳時記では「暑し」は夏全体を通して使える三夏の季語とされています。一方、夏の終わりに向けてさらに厳しさを増す暑さには、大暑、極暑、酷暑、猛暑、炎暑、溽暑など、晩夏に分類される専用の季語が用意されています。同じ「暑い」という感覚でも、時期や湿度、日差しの強さによって使い分けられてきたところに、暑さという季語の奥深さがあります。

暑さ関連の季語

季語読み意味
暑しあつし夏の暑さを表す基本の季語(三夏)
暑さあつさ「暑し」の名詞形(三夏)
暑気しょき夏の暑い気配(三夏)
暑熱しょねつ夏の激しい熱気(三夏)
大暑たいしょ二十四節気の一つ、7月23日頃(晩夏)
極暑ごくしょ暑さが最高潮に達する時期(晩夏)
酷暑こくしょ厳しく激しい暑さ(晩夏)
猛暑もうしょ猛々しいほどの暑さ(晩夏)
炎暑えんしょ燃えるような日差しを伴う暑さ(晩夏)
溽暑じょくしょ高温多湿でむし暑いこと(晩夏)

暑さにまつわる関連季語

季語読み意味
油照あぶらでり風がなく蒸し暑い曇天の日(晩夏)
涼しすずし暑さの中にふと感じる涼しさ(三夏)

なお「残暑」は立秋を過ぎてからの暑さを指す言葉で、歳時記では初秋の季語に分類されます。同じ「暑さ」の感覚であっても、旧暦に基づく歳時記の区分では立秋の前後で夏と秋に分かれる点に注意が必要です。

有名俳人の暑さの句

松尾芭蕉の句

芭蕉は「暑き日を海に入れたり最上川」と詠みました。『奥の細道』に収められたこの句は、一日じゅう照りつけた暑さを、夕刻に日本海へ流れ込んでいく最上川の姿に重ねています。暑さそのものを描写するのではなく、大河が一日の暑さを飲み込んでいくという雄大なイメージへと転じたところに、芭蕉らしい構成力が光ります。

正岡子規の句

子規は「あら壁に西日のほてるあつさかな」と詠みました。塗り残した粗い壁に西日が当たり、壁そのものがほてっているように感じられるという句です。写生を旨とした子規らしく、人物を描かず壁だけを詠むことで、かえって強い日差しの存在感を際立たせています。

長谷川櫂の句

現代の俳人・長谷川櫂は「まだ暑くなりゆくけふの暑さかな」と詠みました。「まだ暑くなる」という言い回しが、今日という一日の暑さがまだ頂点に達していないことを示し、これから訪れるさらなる暑さへの予感を漂わせています。単純な繰り返しのようでいて、時間とともに強まっていく暑さの実感を巧みにすくい取った句です。

大暑と二十四節気

大暑は二十四節気のひとつで、太陽暦のおよそ7月23日頃にあたります。一年のうちでもっとも暑さが厳しいとされる時期で、学校が夏休みに入るのもこの頃です。芥川龍之介は「兎も片耳垂るる大暑かな」と詠み、暑さに参って耳を垂れさせる兎の姿を描きました。生き物までもが暑さに屈するさまをユーモラスに切り取っています。また日野草城は「水晶の念珠つめたき大暑かな」と詠み、厳しい暑さの中でひんやりと冷たさを保つ水晶の数珠に、涼を求める心情を託しました。暑さの絶頂にあってもなお涼を見出そうとする眼差しが、俳句らしい発見となっています。

炎暑と溽暑―暑さの質のちがい

暑さを表す季語には、同じ晩夏の分類でありながら性質の異なるものがあります。炎暑は、ぎらぎらと照りつける太陽の眩しさを伴う暑さで、視覚的な強烈さが本意とされています。一方、溽暑は高温多湿によるむし暑さを指し、じっとしていても汗がにじむような不快感が特徴です。同じ「厳しい暑さ」でも、乾いた日差しの厳しさなのか、湿気による息苦しさなのかを言い分けることで、句に描かれる暑さの手触りがより具体的になります。

暑さを詠む際のポイント

体感を具体的な言葉にする

「暑い」という主観的な形容だけでは句になりません。汗の流れ方、日差しの角度、地面から立ちのぼる熱気など、五感で捉えた具体的な感覚を言葉にすることで、読み手にも暑さが伝わる句になります。

涼との対比を利用する

暑さの句には、しばしば小さな涼が対比として置かれます。木陰、水音、冷たい飲み物など、暑さの中にある一瞬の涼しさを詠み込むことで、句に奥行きが生まれます。

暑さの中の人の営みを描く

暑さそのものではなく、暑さの中で働く人、汗を拭う仕草、日陰を選んで歩く足取りなど、人の営みを通して暑さを描くと、句に生活感と体温が宿ります。

まとめ

暑さは夏を代表する季語でありながら、「暑し」から「炎暑」「溽暑」まで、時期や質感に応じて細かく使い分けられてきた季語群でもあります。松尾芭蕉から現代の俳人まで、多くの作者がこの不快でありながら夏そのものである感覚を句にしてきました。今年の夏、うだるような暑さを感じたときは、その感覚を五七五に託してみてはいかがでしょうか。

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