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柿にまつわる季語と俳句

秋の季語 俳句 果物
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庭先や里山で赤く色づく柿は、実りの秋を最も身近に感じさせる果実です。甘柿はそのまま食べられ、渋柿は干柿に姿を変えて冬までの保存食となる――暮らしに直結したこの果実は、正岡子規をはじめ数多くの俳人に愛され、味覚と情景の両面から詠まれ続けてきました。

柿に関する主な季語一覧

柿は歳時記では晩秋(秋の終わり頃、立冬の直前まで)の季語に分類されます。カキノキ科の落葉高木で、東アジア温帯地方に固有の植物です。雌雄同株で、富有柿や次郎柿などの甘柿は熟すと赤みを帯びた黄色になりそのまま食べられ、渋柿は干柿にすることで甘みが引き出されます。

柿関連の季語

季語読み意味
かきカキノキ科の落葉高木、またはその果実。晩秋の季語
渋柿しぶがき渋みが強く、生では食べられない柿の品種
甘柿あまがき熟すとそのまま甘く食べられる柿の品種
富有柿ふゆうがき甘柿を代表する品種の一つ
次郎柿じろうがき甘柿の品種の一つ。四角張った形が特徴
柿の秋かきのあき柿が色づき実る、秋そのものの趣を表す言い方

柿にまつわる関連季語

季語読み意味
熟柿じゅくし赤く熟し、とろけるように柔らかくなった柿(晩秋)
干柿ほしがき渋柿の皮をむいて干し、渋を抜いた保存食(晩秋)

有名な俳人の柿の句

正岡子規の句

正岡子規は「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」(『獺祭句帖抄』)と詠みました。法隆寺近くの茶店で柿を食べていると、折しも鐘の音が響いてきた――柿を食べる行為と鐘の音に直接の因果関係はありませんが、この取り合わせによって、奈良の古寺に漂う秋の静けさが鮮やかに立ち上がります。子規の句の中でも最もよく知られた一句です。

松尾芭蕉の句

松尾芭蕉は「里古りて柿の木持たぬ家もなし」(『蕉翁句集』)と詠みました。長い年月を経た里では、どの家にも柿の木があるという句意で、柿の木が特別な庭木としてではなく、暮らしにごく当たり前に溶け込んだ存在であることを言い当てています。

小林一茶の句

小林一茶は「渋いとこ母が喰ひけり山の柿」(『句帖』)と詠みました。山で採れた柿を分け合う際、甘い部分を子に譲り、渋い部分を自分が食べる母の姿を詠んだ句です。何気ない日常の中に潜む親の情愛を、飾らない言葉ですくい取っています。

子規と柿――晩年の楽しみ

結核を患い病床にあった晩年の子規は、大の柿好きとして知られ、一度に七つ八つの干柿を平らげたという逸話も残っています。「三千の俳句を閲し柿二つ」(『子規句集』)という句は、俳句雑誌のために三千もの投句に目を通す合間、柿を二つ食べて一息ついた様子を詠んだものです。病に伏しながらも俳句への情熱を失わなかった子規にとって、柿は数少ない慰めのひとつだったことがうかがえます。

柿の季語を使った俳句の詠み方

柿を詠む際にはいくつかのポイントがあります。

色と重みを描く

柿の魅力は、青々とした実が徐々に赤や橙に色づいていく変化と、枝がしなるほどの重みにあります。色の移り変わりや、手に持ったときの重量感を具体的に描くと、句に実感が生まれます。

食べる所作を句にする

柿は皮をむく、齧る、渋抜きをするなど、食べるまでの所作そのものが句材になります。子規や一茶の句のように、柿を口にする瞬間の情景を詠み込むと、生活感のある句になります。

里の暮らしとともに詠む

柿の木は庭先や里山にごく自然に生えている木です。柿そのものだけでなく、それがある里の風景や、家族との関わりを詠み込むことで、句に奥行きが生まれます。

まとめ

柿は、味覚と情景の両方から秋を感じさせてくれる季語です。子規が聞いた法隆寺の鐘の音、芭蕉が見た里のありふれた柿の木、一茶が詠んだ母の情愛――一つの果実から、これほど多彩な秋の景色が詠まれてきました。柿を口にするとき、その色と重みに目を向けてみてはいかがでしょうか。

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